モッシュ・ダイブによる死傷事故と主催者の責任

弁護士  小倉 秀夫

 モッシュ・ダイブ禁止を謳っているライブで実際にモッシュ・ダイブが起こり、これに巻き込まれた観客が死傷した場合、ライブの主催者は損害賠償責任を負うでしょうか。

 ライブの主催者と客との間には、客が対価を支払うのと引き替えに、ライブの主催者が客をライブ会場に入れ、そこでなされるアーティストのパフォーマンスを視聴させるという契約関係が成立しています。上記契約関係に付随する義務として、ライブの主催者は、安全に公演を観覧させる義務(安全配慮義務)を負うことになります(札幌地判昭和58年4月27日判タ502号145頁)。

 ライブ主催者によっては、観客同士の衝突等により負傷した場合自己責任で処理するように謳っているところもあるようです。しかし、自己責任だと一方的に宣言しただけで安全配慮義務が免除されることはあり得ません。仮に、観客同士の衝突等により負傷した場合にも主催者に対して損害賠償請求をしない旨同意しなければライブ会場に入場させない旨の措置を主催者が講じていたとしても、ライブ主催者と客との間の契約は通常消費者契約となるので、そのような合意は、消費者契約法第8条第1項第1号により無効となります。

 では、ライブ主催者として、事前にモッシュ・ダイブを禁止する旨を公式なガイドラインで謳ったり、当日会場に「モッシュ・ダイブ禁止」という張り紙をしたり、ライブ開始前に「モッシュ・ダイブ禁止」というアナウンスをしたりしておけば、安全配慮義務を果たしたとして、それにもかかわらず生じたモッシュ・ダイブにより生じた自己について責任を負わずに済ますことができるでしょうか。

 前記札幌地判昭和58年4月27日によれば、主催者側は、「事前に入場券の裏面に「イスの上には絶対に立たないで下さい。そして座席からは絶対に離れないで下さい。良いコンサートマナーでこの公演を成功させよう!!」の文句を印刷したほか、同様の注意を会場入口と会場内に立看板(九〇センチメートル×一八〇センチメートル)で掲示し、公演当日は、メガホン、場内放送等で観客に直接これらの注意を呼びかけることにした」旨認定されています。しかし、裁判所は、「レインボーの公演においては、演奏に熱狂、興奮した観客がステージ前に出てくることがあること、殊に本件公演は会場一階だけでも三〇〇〇名以上の観客を収容する大規模なものであつて、ひとたび混乱が生じれば収拾のつかない事態に立ち至ることが予想されたことは既述のとおりであつて、このような公演を実施するにあたつては、単に入場券や立看板、あるいは場内放送等によつて一般的に観客に対し席を離れないよう注意を呼びかけるだけでは足りず、できうる限り自席を離れようとする観客がステージ前に殺到するのを防止すべきであり、これがためには、客席間やステージへ向う通路に十分な数の警備員を配置したり、各通路を防護柵、ロープ等によつて封鎖する等の措置をとるべきだつたのである。しかるに、被告武田は、本件公演の警備上の最高責任者でありながら、これらの措置をとらず、前記のように観客がステージ前に集まつてきたときには未結束の客席を撤去すべく準備したのみであつたため、約五〇〇名もの観客をして一時にステージ前に殺到させるに至つたものであるから、同被告には、会場を警備するにつき過失があつたものといわざるをえない」と認定されています。

 この理屈で言えば、演奏に熱狂、興奮した観客がモッシュやダイブをすることがある公演を実施するにあたっては、単にモッシュ・ダイブの禁止を呼びかけるだけでは足りず、できうる限り、観客がモッシュやダイブをすることを防止するべきであり、そのために客席間やステージへ向う通路に十分な数の警備員を配置したり、各通路を防護柵、ロープ等によつて封鎖する等の措置をとるべきということになります。そのファンたちがモッシュやダイブをすることがある程度予想されるバンドの公演を主催するに際して、上記のような措置を予め講ずることなく、結果として、観客がモッシュやダイブをすることを防止できなかった場合には、これにより観客に生じた損害について、主催者が損害賠償責任を負うことになります。

 そして、モッシュやダイブをしたい人たちは、公式ガイドにモッシュ・ダイブ禁止が謳ってあってもそんなのは建前であって実際には黙認されているのだとしばしば言いがちです。主催者がモッシュ・ダイブを黙認ないし容認している場合には、モッシュ・ダイブにより客が負傷した場合、主催者には重過失ないし未必の故意が認められることになります。だからといって賠償額が加算されるわけではありませんが、主催者と損害保険会社がイベント賠償責任保険契約を締結している場合、保険会社は、被保険者の故意又は重過失により生じた事故であるとして、保険金の支払いを拒絶する可能性があります。保険会社としては、モッシュ・ダイブが黙認ないし容認されているか否かで、保険事故の発生確率が変わってくるのですから、当然の措置です。

 出演アーティストに関して事前に調べておけばモッシュ・ダイブが発生する危険が高いことが分かるのであるから、モッシュ・ダイブに巻き込まれて死傷することを避けたければ、会場の後方に退くなどするべきであり、会場の前方にいた以上、モッシュ・ダイブに巻き込まれて死傷しても文句を言うべきではないとの主張が、モッシュ・ダイブをしたい人たちからなされることがあります。

 しかし、主催者が公演を安全に観覧できるようにする義務を負う客を、会場後方に限定する合理的な理由はないので、会場前方にいた客がモッシュ・ダイブに巻き込まれて死傷した場合に、主催者に対して、安全配慮義務違反を主張できないとする合理的な理由はありません。前記札幌地判昭和58年4月27日の論理で言えば、主催者が、危険なモッシュ・ダイブを許してよい場所などはないということになります。

 もちろん、自らモッシュ・ダイブに参加して果たして死傷した場合には、過失相殺が認められ、賠償額が大幅に減少させられる可能性があります。前記札幌地判昭和58年4月27日では、被害者の女性自身、積極的に会場前方に押し寄せた人々の一人だったので、5割の過失相殺が認められています。

 しかし、よい整理券番号があたった客が会場の前方に立っていたというだけで、過失相殺を認めるのは無理だと思います。客には、本来主催者が押さえ込むべきモッシュ・ダイブの発生を予見して、会場後方という、公演の観覧に適さない場所に退く義務を認めることが困難だからです。

TopPageに戻る。