弁護士 小倉秀夫
ライブハウスによっては、店長が自ら主催者となってライブイベントを開催する場合があります。店長=ブッカーが主催するイベントなので、「ブッキングライブ」と呼ばれます。ブッキングライブの場合、数組の対バンとなるのが通常です。
ブッキングライブにおいては、出演してもらいたいアーティストを店長側が積極的に探し出してオファーをするケースと、ブッキングライブに出演させてほしいと従前より希望を出してきているアーティストの中から店長側が選んでオファーを出すケースとがあります。後者の場合、アーティスト側から送られてきたデモテープを精査したり、オーディションをしたりして、自分のライブハウスで演奏するに値するレベルに達しているのかを事前にチェックすることが多いです。
いずれにせよ、ブッキングライブにおいては、ライブハウスの店長ないし運営会社とアーティスト(プロダクションが付いていればプロダクション)との間で、特定の日時に特定の場所でライブパフォーマンスを行うことをライブハウス側がアーティスト側に依頼し、アーティスト側がこれを受諾する出演契約が締結されます。
アーティスト側がまだプロダクションに所属していない場合、アーティストが直接出演契約の当事者となります。バンドの場合、バンドの正式メンバー全員を組合員とする民法上の組合が形成されており、バンド内で対外交渉を行うメンバーが決まっている場合、そのメンバーが業務執行者として店長側と出演契約を締結することになります(民法第670条の2第2項)。この場合、代表メンバーが店長側と締結した契約の効力は、バンドメンバー全員に及ぶことになります。
ただし、バンドのサポートメンバーについては、あくまでバンドからサポートとしての演奏を委託されたという関係に立ちますので、バンドという民法上の組合の組合員には含まれず、したがって、代表メンバーが店長側と締結した契約の効力はサポートメンバーには及ばないということになります。
ブッキングライブの出演契約においては、特定の場所で、特定の日時に、特定のメンバーで、特定の種類の楽曲を特定の時間だけ演奏等すればよく、どの楽曲をどの順番で演奏するか、その間MCをどのくらい入れるかは、アーティスト側の裁量に委ねられます。そして、ほとんどのブッキングライブは単発で行われます。このように店長側のアーティスト側に対する指揮命令関係が非常に希薄なので、出演契約が労働契約にあたらないことは確かです。ただし、これが請負契約なのか準委任契約なのかは難しいところです。アーティスト側の義務は一身専属性が高いので、いずれにせよ、包括的な下請けや再委任は禁止される一方、サポートメンバーにサポートを依頼することは禁止されないのが通常です。また、いずれにせよ、所定の時間演奏をやりきることで報酬が支払われますし、他方、演奏の出来・不出来で報酬額が変動することにはなっていません。
出演契約においては、普通に考えると、約定通りの日時・場所にて約定通りのパフォーマンスをすれば、約定通りの請負報酬を得られそうなものです。しかし、実際には、ブッキングライブの場合、「チケットノルマ」制が採用されている場合がほとんどです。そこでは、まず、店長側とアーティスト側との契約により、ノルマ枚数が設定されます。アーティスト側で売りさばいたチケットの枚数がこのノルマ枚数に満たない場合、不足分にチケットの券面額を乗じた金額をアーティスト側は店長に支払う義務を負います。アーティスト側で売りさばいたチケットの枚数がこのノルマ枚数を超えた場合には、超えた枚数にチケットの券面額を乗じた金額に、店長側とアーティスト側との契約で設定されたチャージバック率を乗じた金額がアーティスト側に支払われることになります。
ノルマ枚数をn枚、実際にそのアーティストが売りさばいた枚数をN、チケットの券面額をp円、チャージバック率をbとすると、n>Nの場合、アーティストに支払われるのは、(N-n)×p円となり、n≦Nの場合、(N-n)×p×b円となります。
チケットノルマ制というと、ライブハウスからアーティストがチケットを何十枚も買い取らされて、売れ残ったらその分アーティストの個人負担となるというものを想像するかもしれません。しかし、今日、ライブハウスのチケットは、TIGETやLivePocket、チケットぴあやイープラスなどのチケット販売プラットフォームで販売されることが少なくありません。この場合に、実際自分たちのファンが自分たち見たさにチケットを買ってライブハウスに来てくれているのに、チケットの購入方法がチケット販売プラットフォーム経由だからという理由でチケットノルマが果たされないことになるのは不条理です。そのために導入されているのが「お目当てバンド確認制度」です。それらのプラットフォームでチケットを購入した客は、ライブハウスに入場する際に、係の人から「お目当ては誰ですか」と聞かれます。このときに客が「Aです」と答えてくれる。その客が持ってきたチケットは、Aが売りさばいたものとしてカウントされることになります。客が「AとBです」というように複数組のバンド名を答えてしまうと処理が複雑になります。客がバンド名を答えるごとにその客からもぎ取った半券を所定の箱に入れる方式だと、半分ずつに半券をわけることができないからです。この場合、最初に名前が出たバンドの箱に半券をいれたり、どこにも半券を入れなかったり、ライブハウスによって運営が分かれているようです。
チケットの手売りとお目当てバンド確認制度が混在する場合、チケットの手売り枚数だけだとチケットノルマをクリアしないがお目当てとしてくれた客の数を足すとチケットノルマをクリアしたことになる場合、買い取らされたチケットの残りをどうするのかが問題となります。ノルマ枚数=買い取らされた枚数=n枚、実際にアーティストが手売りで売った枚数がN枚、そのアーティストをお目当てだと言ってくれた客の人数をA人、チケットの券面額をp円、チャージバック率をbとし、N<n、N+A>nとしたとき、N+A>nなのだからノルマクリアと考えれば、アーティストは、(N+Aーn)×p×b円のチャージバックを受けることができます。先にn枚のチケットをnp円で買い取らされていた場合、売れ残った(n-N)枚分のチケット代は返却されることになります(このとき返金されたお金と、アーティスト側でチケットを手売りして得た額の合計が、チケットを買い取らされたときに支払った金額になります。)。イベント終了後に売れ残り分を精算することになっていた場合、アーティストは、売れ残り分の買い取りを免れることになります。「手売り分はすでにアーティスト側が買い取ったのであるからそのバンドをお目当てとする客がいくらたくさんいても手売りの売れ残り分を精算することはしない」ということになると、アーティストは、A×p×b円のチャージバックを受ける反面、手売りチケットの売れ残り分(nーN)×p円を自己負担することになります。したがって、前者の考え方を採用した方が、前者の利益から後者の利益を差し引いた額、すなわち、(N+Aーn)×p×b円ー(A×p×bー(nーN)×p)=(N−n)×p×(bー1)円だけアーティスト側の実入りがよくなります。なので、チケットノルマが設定されているのに、チケットが手売りだけでなく、販売プラットフォームでも販売されることになっている場合、チケットノルマを達成しているかどうかの検証方法について確認しておくことが重要です。
チケットノルマ制については、いい悪い以前に、その法律構成自体がよく分からないのです。
バンドメンバーにチケットが物理的に渡されていた時代においては、額面での売買契約という構成もありえました(ただ、その場合、ライブハウス側は、バンドメンバーにチケットを渡した時点で消費税支払義務を負うはずなのですが、バンドメンバーにチケットを手渡したときと、実際のライブイベントの日とが年度をまたぐ場合に、ちゃんとチケットを手渡した日の属する年に消費税を納めたライブハウスがどのくらいあるのか疑問です。また、額面での売買契約という構成だと、その分についてはチャージバックがバンドメンバーに入らないというのも不思議な感じです。
チケット販売プラットフォームもチケットを販売し、自分たちのことを「お目当て」と言ってくれた場合に自分たちの成果として換算される方式も採用されている場合、そのチケットに表象されている権利は、ライブハウス→(チケット販売プラットフォームが委託販売)→入場者と移転しているのであり、バンドメンバーに一度も帰属していません。それなのに、そのバンドのことを「お目当て」と言ってくれた人の数が「チケットノルマ」を下回った場合に、下回った枚数分だけそのバンドがライブハウスから買っていたのだと考えることは困難だと思います。チケットノルマを受け入れた段階でバンドメンバーはノルマ分のチケットを購入したのであり、そのバンドがライブハウスから購入したチケットを、ライブハウスがバンドの代わりチケット販売プラットフォームに販売委託しているのだという構成を取る場合、特定の入場予定者がチケット販売プラットフォームを通じてチケットを購入した時点では誰がお目当てか分からないので、どのバンドがライブハウスから購入しライブハウス経由でチケット販売プラットフォームが委託販売しているチケットをその入場予定者に交付したらよいのか、チケット交付の時点で特定しようがないという点が問題となります。最終的にチケットノルマをクリアできなかった分のチケットをライブ終了後にバンドメンバーが買い取るという契約だという構成を取った場合、バンドメンバーがチケットを買い取った時点ですでに、そのチケットに表象されている権利(特定の日時に特定のライブハウスに入場する権利)は実行不可能となっている点が問題となります。
チケットノルマの法律構成を考えるというのは結構重要です。独占禁止法において禁止されている「優越的地位の濫用」にあたるかどうかが問題となるからです。
自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に、「継続して取引する相手方(新たに継続して取引しようとする相手方を含む。…)に対して、当該取引に係る商品又は役務以外の商品又は役務を購入させ」たり、「継続して取引する相手方に対して、自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させ」たりする行為は、「不公正な取引方法」とされ(独占禁止法第2条第9項第5号)、違法とされます。
ライブハウスのブッキングライブに出たくて、音源を送ったり、オーディションを受けに行くようなバンドメンバーは、そのブッキングライブに一回ポッキリ出れればそれでいいと考えていることは少なくて、継続的に呼んでもらいたいと考えるのが通常ですから、ライブハウスからすると、「継続して取引する相手方」または「新たに継続して取引しようとする相手方」にあたります。
甲が乙に対し優越的地位にあるとは、公正取引委員会の「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」によれば、「乙にとって甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため、甲が乙にとって著しく不利益な要請等を行っても、乙がこれを受け入れざるを得ないような場合」をいい、「この判断に当たっては、乙の甲に対する取引依存度、甲の市場における地位、乙にとっての取引先変更の可能性、その他甲と取引することの必要性を示す具体的事実を総合的に考慮する」とされています。ライブハウスがバンドに対して優越的地位にあるかどうかは難しい判断ですが、ライブハウス主催のブッキングライブに出ようとするバンドは、未だそれほどの知名度・顧客獲得能力が掲載されておらず、自分たちの知名度・顧客獲得能力との関係でそこで演奏できれば実績や知名度の獲得という点で有意義だと考える知名度の高いライブハウスに音源を送ったりするのが通例であること、そのライブハウスと同レベルのライブハウスのブッキングライブに出演する際にも同様のチケットノルマを課される可能性が高いことを考えると、優越的地位が認められる可能性は十分にあると言えます。
ライブハウスに優越的な地位が認められると、チケットノルマなんてものはその優越的な地位を利用して課しているとしか言い様がありません。ブッキングライブにおいて出演バンドにチケットノルマを課すこと自体は商慣習として成立しているとは思いますが、それが「正常」なものかというと、やはり、チケットノルマを課された側に何の利益があるのかということに依存するのかなとは思います。ブッキングライブにおいて主催者=リスクを負う者はライブハウス側であり、出演バンドは、ライブハウスから依頼を受けて演奏する事業主に過ぎないので、本来、チケットの販売活動にかり出される必要がないからです。ですから、額面と同じ金額で引き取らせる(売っても利ざやが入らない)とか、ライブが終わってチケットが紙くずになってから買い取らせるとか、普通に不当とされる可能性が高いとは思います。
チケットノルマの押しつけが優越的地位の濫用ということになると、チケットノルマに関する部分が公序良俗に反して無効とされる結果、バンドメンバーがノルマをクリアできなかった分としてライブハウス側に支払わされた分を不当利得として返還請求することができます。
とはいえ、それをやってしまうと、そのライブハウスはもちろん、同レベルのライブハウスにも呼ばれなくなるので、多分、返還請求なんて、バンドを解散して音楽活動をやめる覚悟をしないとやらないのだろうなとは思います。
ブッキングライブの場合、あくまでライブハウス側が主催者、アーティストはそこでの演奏を委託されて行う存在なので、スタッフの手配、機材の手配はライブハウス側の責任で行うのが原則です。バンド系の場合、普段自分が使用している楽器を持ち込むことになるとは思いますが。
また、ブッキングライブの場合、JASRAC等との利用許諾関係もライブハウス側が行うのが原則です。まともなライブハウスであれば包括許諾契約をJASRAC と結んでいると思いますので、アーティスト側が予定しているセットリストをライブハウス側に渡してこれを基にいライブハウス側がそれらの楽曲の歌唱での利用に付き事前申請を行い、ライブ終了後予定と異なった部分については、アーティスト側からの連絡に基づき、ライブハウス側で修正依頼をすることになります。
ブッキングライブの場合、アーティストは、ライブハウス側と契約に基づいて演奏を行う債務を負っているので、故意または過失により演奏を怠った場合、これによってライブハウス側に生じた損害を賠償する義務を負います。もっとも、ブッキングライブのほとんどは、数組のバンドによる対バン形式であり、かつ、多くのチケットは事前に販売されており、かつ、特定のバンドが急遽休演することになったとしてもチケットを返金しないことになっているので、特定のバンドが突如休演したときに如何なる損害がライブハウス側に生ずるのかと言う問題が生じます。その日休演しているバンドを「お目当て」と答える来場者はほぼいないと思いますが、そのバンドがノルマ分のチケットをすでに売り切ってしまっていれば、休演したからと言って、チャージバックを受けられないとする合理的な理由は見当たりません。
やむを得ない理由で、ブッキングライブに出演できなくなった場合はどうなるでしょうか。メインボーカルが新型コロナに感染してしまったり、ライブハウスに向かう交通機関が急に運航を休止してしまい、ライブ予定時間までに会場に到着する代替手段が存在しない場合等です。民法第415条第1項ただし書きは、「その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるとき」は損害賠償責任を負わないと規定しています。したがって、そのような場合、ブッキングライブに出演できなくとも、賠償義務を負わないとするのが原則です。
民法第415条第1項ただし書きは任意規定だから当事者間で異なる合意をすればそちらが優先されるのであり、ライブの出演ができなくなったのが不可抗力によるものであったとしても賠償義務を負うとする契約になっていた場合には、不可抗力でも賠償義務を負うのだとする考え方もあります。とはいえ、任意規定と異なる合意が常に有効となるわけではなく、合理性のない合意を、立場の強い側が立場の弱い側に押しつけた場合には、公序良俗に反し無効となります。ですから、事情の如何を問わずブッキングライブの出演がかなわなかった場合には賠償義務を負うとする合意がなされた場合、ブッキングライブの出演ができなかったことがまさにやむを得ないとされる事情があったときには、そのような合意は無効となる可能性も十分にあると思います。例えば、感染力が強く致死率も高い伝染病に罹患してしまった場合、なおライブへの不出演には損害賠償義務が課されるとなると、無理して出演して当該感染症の拡大につながりかねないので、そのような場合にまで損害賠償義務を課す合意は無効であるとされる可能性は十分にあると思います。