東京地判令和7年3月7日(令和6年(ワ)第70052号/令和6年(ワ)第70323号)

争点

 開示関係役務提供者が発信者情報を保有しているか否かに関する立証責任

事案の概略

 Google Driveに氏名不詳者が行った投稿により被告の著作権が侵害されたとして被告がGoogle社を相手方とする発信者開示命令の申立をし、裁判所が発信者情報の開示を命ずる決定をしたところ、Google社がこれを不満として、同決定の取消を求める訴訟を提起した。

 Google社は、発信者情報開示命令事件の手続の中では、開示請求に係る発信者情報を保有している旨の認否を行ったが、上記決定を受けて、その履行のための準備を進めていたところ、上記決定の時点において、上記発信者情報を保有していなかったことが判明したと主張した。

 被告は、Google社は、上記発信者情報を保有していないと抽象的に主張するだけで、そのことを何ら立証できていない、保有すると回答していた情報が喪失してしまったとか、調査が誤っていたことについて、何ら具体的な主張立証はない、だから、Google社は上記発信者情報を全て保有していると認められるべきであると主張した。

裁判所の判断

Google社が本件発信者情報を保有していることの主張立証責任について

 プロバイダ責任制限法5条1項は、開示請求の対象となる情報について、「特定電気通信役務提供者が保有する…発信者情報」と規定し、開示関係役務提供者が「保有」するものとしている。

 確かに、被告が主張するとおり、開示関係役務関係者がいかなる情報を保有しているか又は保有していないかは、発信者情報の開示を求める者が直ちに知り得ない事項であるといえるものの、同法においては、開示請求の要件として「当該特定電気通信役務提供者が保有する…発信者情報」と規定されており、他方で、開示関係役務提供者が発信者情報を保有していないことを自ら主張立証すべき旨を定めた規定はない。

 したがって、本件発信者情報の開示を求める被告は、開示関係役務提供者である原告が本件発信者情報を保有していることを主張立証する責任があるというべきである。

 原告が本件発信者情報を保有しているか否かについて

 確かに、前提事実(4)アのとおり、原告は、本件原手続において、別紙発信者情報目録記載2(2)の情報及び同情報に対応する同2(3)の情報をいずれも保有する旨の認否をしたものの、非訟手続である(同法18条参照)本件原手続において自白したからといって、本件訴訟手続においてこれに拘束されることにはならないし、上記のような認否をしたということから直ちに原告がこれらの情報を保有していることを推認できるとはいえない。

簡単な解説

 プロバイダ責任制限法第5条第1項柱書は、「特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者に対し、当該特定電気通信役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る発信者情報のうち、特定発信者情報(発信者情報であって専ら侵害関連通信に係るものとして総務省令で定めるものをいう。…)以外の発信者情報については第一号及び第二号のいずれにも該当するとき、特定発信者情報については次の各号のいずれにも該当するときは、それぞれその開示を請求することができる。」と定めています。

 この条文を素直に読むと、開示請求の対象となる発信者情報が「当該特定電気通信役務提供者が保有する」ものであることの立証責任は、開示請求者にあるように見えます。

 しかし、この事件の被告が主張するとおり、発信者情報開示請求の相手方である開示関係役務提供者が、開示請求の対象となる発信者情報を保有しているか否かを、開示請求者が立証することは不可能です。開示請求者は、開示関係役務提供者のサーバコンピュータ上にどのようなデータが記録されているか調査することができないからです。したがって、この点に関する立証責任を開示請求者側に形式的に負わせてそれで事たれりとする運用がなされた場合、開示関係役務提供者としては、発信者情報開示命令の申立てを受けても、「開示請求に係る発信者情報を保有しているとの点は不知」と答弁すれば、それで終わってしまうということになります。この裁判例は、まさにそれで構わないといっているわけです。

 しかし、民事訴訟法の通説的な理解だと、形式的立証責任と実質的立証責任とを峻別し、形式的立証責任については条文の構造をベースに形式的に割り振っていくとして、形式的立証責任を負っている側が一定の間接事実を主張・立証した場合には、実質的立証責任が相手方に移動し、相手方が積極的に反証しない限り、形式的立証責任を負っている側が主張している事実が推認できると扱われることになります。

 開示請求の対象となっている発信者情報を開示関係役務提供者が保有しているかどうかについても、形式的立証責任は開示請求者に負わせるとしても、少なくとも当該特定電気通信が発信された当初は開示関係役務提供者が通常保有しているものであることを開示請求者が主張・立証した場合には、実質的立証責任が開示関係役務提供者側に移転し、いつどのような理由で発信者情報の保有を喪失したのかを開示関係役務提供者が積極的に主張・立証しない限り、開示請求の対象となっている発信者情報を開示関係役務提供者が保有していると推認されることとすべきだったのだろうと思います。

 なお、開示関係役務提供者が外国企業である場合、発信者情報開示命令の申立書や発信者情報開示仮処分命令申立書が送達されても、開示請求の対象となる発信者情報を保有しているかを確認しないことが少なくありません。発信者情報開示命令や仮処分決定の決定書送達されてから、あるいは、仮処分決定に基づく間接強制の申立書が送達されてから、ようやく、当該発信者情報を保有しているかの調査を始めることが少なくない。その結果、当該特定電気通信に係るアクセスログが消去され、開示請求の対象となる発信者情報が消失してしまうことが少なくありません。

 このような事態に対処するためには、発信者情報開示命令申立事件に関する付随的な決定である消去禁止命令及び提供命令については、終局決定以外の裁判であるとして、即時抗告をなし得ないようにする法改正等が必要なのではないかと思います。その上で、消去禁止命令が下されているにもかかわらず発信者情報の保全をせず、結果的に発信者情報を消失させた開示関係役務提供者は、当該発信者が負うべき賠償金相当額を賠償する義務を負うこととするべきなのだろうと思います(発信者情報開示義務に付随する債務として、発信者情報開示義務を負うかどうかが裁判で確定するまでの間、発信者情報を保全する義務を開示関係役務提供者に言わせてもおかしくはないと思いますが。)。

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