ゆるキャラに関するイベントを行っている地方自治体が、他のゆるキャラに関するイベントを行っている民間企業について、著作権等を侵害したなどという虚偽の警告等をした場合に、国家賠償責任を負うか。
Y(須崎市)は、高知県須崎市で最後に確認されたニホンカワウソをモチーフにした「しんじょう君」というキャラクターを公式キャラクターとしており、地域振興や市の広報活動に利用していた。Yは、「しんじょう君」に関する新たなデザインを公募し、Zが制作した「しんじょう君オリジナル」が採用された(その著作権はZからYに譲渡された)。Yは、キャラクターしんじょう君の新たなデザインとしてしんじょう君オリジナルを選定して以降、キャラクターしんじょう君の各種イベント、テレビ番組、テレビCMなどへの出演、しんじょう君着ぐるみ写真、しんじょう君イラスト等を付した商品の販売許諾などを通じて、その知名度及び人気の向上に努めた。
Xは、平成29年に出生したコツメカワウソを「ちぃたん」と名付けて飼育し、チバテレにおいて放送されていた「カワウソちぃたん☆が行くホントの日本」と題する番組に、司会者として出演させていた。Xは、「ちぃたん」の着ぐるみのデザインをZに依頼し、Zはこれを受けて「ちぃたんオリジナル」を制作した。Xは、ちぃたんオリジナルに基づき、ちぃたん着ぐるみを制作した。Xは、ちぃたん着ぐるみ及びその複製物を撮影して制作した動画及びちぃたんオリジナルを複製して制作されたちぃたんイラストを使用したアニメーションを放送したり、YouTube等を通じてインターネットで配信したり、イベント会場で上映したりしている。また、ちぃたん着ぐるみは、イベントやCMにも出演している。
Yは、フジテレビ及びテレビ東京に対し、書面により、ちぃたん着ぐるみを番組に出演させる行為は、しんじょう君に係る被告の著作権を侵害するなどとして、ちぃたん着ぐるみの番組出演等を中止するよう申し入れた。また、Yは、定例記者会見において、「ちぃたんオリジナル」問題について言及し、報道機関に対し資料を配付した。
Xは、Yの上記行為は不正競争防止法第2条第1項第21号の不正競争行為にあたるとして、Yに対し損害賠償請求をした。
「国賠法1条1項所定の「公権力の行使」とは、公行政作用のうち私経済作用を除く全ての作用をいい、いわゆる非権力的行政作用であっても、公行政作用としての性質を持つものである限りは、当該「公権力の行使」に含まれると解するのが相当である。
「そして、…キャラクターしんじょう君は、被告の地域振興や広報活動をする際に使用しているマスコットキャラクターであるところ、本件被告行為は、このような位置づけにあるキャラクターしんじょう君に係る被告の権利ないし法的利益の保護を目的としてされたものと認められる。このようにキャラクターしんじょう君が、被告の地域振興や広報活動の一端を担っているという側面にかんがみれば、被告におけるキャラクターしんじょう君に係る活動、ひいてはこれに関する被告の権利ないし法的利益の保護を目的としてされた本件被告行為が、純然たる私経済作用にとどまるとはいえない。
したがって、本件被告行為は、国賠法1条1項所定の「公権力の行使」に当たる。」
「不競法2条1項は、法律上の利益を侵害するものとして損害賠償責任を生ずべき不法行為の特殊類型である不正競争を規定したものと考えられるから(同法4条本文、民法709条)、民法が定める不法行為法を補充するものと解される。」
「不競法2条1項は民法が定める不法行為法を補充するものといえるのに対し、公権力の行使に当たる公務員の行為が不正競争に該当する場合に不競法2条1項の適用を排除すべき合理的理由も、不競法2条1項の各号の規定に応じて同項の適用の可否を異にすべきとする合理的理由も、何らうかがわれない。」
「不競法2条1項21号は、客観的真実に反する虚偽の事実を告知し又は流布して、事業者にとって重要な資産である営業上の信用を害することにより、競業者を不利な立場に置き、自ら競争上有利な地位に立とうとする行為を防止する趣旨の規定であると解される。そして、事業者双方の事業について、需要者又は取引者を現に共通にする場合のみならず、需要者又は取引者を共通にする可能性があれば、営業上の信用を害された競業者は、これから参入しようとする市場において不当に不利な立場に置かれることとなるから、同号所定の「競争関係」とは、事業者双方の事業につき、その需要者又は取引者を共通にする可能性があることで足りると解するのが相当である。」
「XとYは、それぞれが使用するキャラクターに係る着ぐるみをイベントに参加させたり、テレビ番組及びCMに出演させたりしている上、当該キャラクターのイラスト、着ぐるみの写真を付した商品の販売を許諾しているとの点で同一の事業を行っているといえるから、需要者及び取引者を共通にする可能性があるというべきである。」
「したがって、XとYは、…不競法2条1項21号所定の「競争関係にある」と認められる。」
「不競法2条1項21号は、客観的真実に反する虚偽の事実を告知し又は流布して、事業者にとって重要な資産である営業上の信用を害することにより、競業者を不利な立場に置き、自ら競争上有利な地位に立とうとする行為を防止する趣旨の規定であって、同法は、このような行為に対し、損害賠償請求のみならず、差止請求を認めることによって、事業者にとって重要な資産である営業上の信用の保護を図ったものと考えられる。そして、権利を侵害する又は不正競争行為に該当するとの内容を告知又は流布することは、その前提となる事実のみを告知又は流布する場合と比較して、より直接的に競業者の営業上の信用を害するおそれがあるにもかかわらず、それが意見ないし論評の表明に当たるとの理由により同法2条1項21号該当性を否定することは、事業者にとって重要な資産である営業上の信用の保護を図ろうとした同号の趣旨に反することとなる。
また、権利を侵害するか否かや不正競争行為に該当するか否かは、証拠や客観的な基準に基づいて決することができない物事の価値、善悪、優劣などといった価値判断と異なり、証拠によって虚偽であるか否かが判断可能な事項であるから、不競法2条1項21号所定の「虚偽の事実」との文言とも一応整合的といえる。
したがって、不競法2条1項21号所定の「事実」は、権利を侵害するか否かや不正競争行為に該当するか否かといった法的な見解の表明を含み、指摘された権利侵害等が成立しないときには、同号所定の「虚偽の事実」に当たると解するのが相当である。」
国家賠償法第1条第1項は、「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」と定めている。このため、須崎市の「しんじょう君」に関するキャラクタービジネスの一環として行った上記行為が「公権力の行使に当る」職務を行うについてなされたものでない場合には、Xは須崎市に対し賠償請求をなし得ない可能性がある。
しかし、裁判所は、地方自治体の「地域振興や広報活動の一端を担っている」ゆるキャラビジネスについては、純然たる私経済作用にとどまるとはいえないので、これに関する公務員の行為は、国賠責任の対象となるとした。
また、国家賠償法第4条は、「国又は公共団体の損害賠償の責任については、前三条の規定によるの外、民法の規定による。」と規定している。同法にいう「民法」とは民法典に限定されるのか、民法付属法規を含めるのかについて学説の対立はあるが、付属法規を含むとするのが通説判例である。もっとも、どこまでが民法の付属法規となるのかは必ずしも明確ではない。本裁判例は、「不正競争」の範囲を定める不正競争防止法第2第第1項も「民法が定める不法行為法を補充するもの」=「民法の付属法規」と判示した者である。
不正競争防止法第2条第1項第21号は、「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」を「不正競争行為」と定める。
自称権利者が被疑侵害者が自己の知的財産権を侵害している旨の警告を被疑侵害者の顧客等に告知する「警告書」を発することはしばしば行われている。
この点、従前の裁判例は、特許権侵害等に関する警告書等について、「警告書の関係部分の記載内容は、事実関係と控訴人の価値判断を含む」以上、警告書の送付は虚偽の「事実」の陳述流布に該当するとしてきた(大阪高判昭和55年7月1日判タ427号174頁)。
しかし、脱ゴーマニズム宣言事件最高裁判決(最判平成16年7月15日民集58巻5号1615頁)が、「法的な見解の正当性それ自体は、証明の対象とはなり得ないものであり、法的な見解の表明が証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項ということができないことは明らかであるから、法的な見解の表明は、事実を摘示するものではな」いと判示して以降、権利侵害警告を「事実を告知」するものとすることが難しくなった。
このため、「競争関係にある者が、競業者の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し又は流布する行為は、競業者を不利な立場に置き、自ら競争上有利な地位に立とうとするものであるから、公正な競争を阻害することになる。このような結果を防止し、事業者間の公正な競争を確保する観点から、不正競争防止法2条1項21号は、上記行為を不正競争の一類型と定めるものである」との不正競争防止法第②条第1項第21号の趣旨から、「競争関係にある者において、裁判所が知的財産権侵害に係る判断を示す前に当該判断とは異なる法的な見解を事前に告知し又は流布する行為は、知的財産権侵害の結果の重大性に鑑みると、競業者の営業上の信用を害することによって、上記と同様に、公正な競争を阻害することは明らかである」として、「法的な見解の表明それ自体は、意見ないし論評の表明に当たるものであるとしても…不正競争の一類型に含まれると解するのが相当である」として、「競争関係にある者が、裁判所が知的財産権侵害に係る判断を示す前に当該判断とは異なる法的な見解を事前に告知し又は流布する場合には、当該見解は、不正競争防止法2条1項21号にいう「虚偽の事実」に含まれるものと解するのが相当である」とする裁判例が近時生まれている(例えば、東京地判令和4年10月28日判時2554号92頁)。本判決もその一環である。